2010年9月25日第2回JWEF都河賞授賞式とシンポジウム報告

点線

第1部 第2回JWEF都河賞授賞式と受賞講演

 今年で2回目となったJWEF都河賞授賞式は、朝方の雨もやみ、晴れ間の出る清々しい午後に行われました。まずは田中運営委員長より賞の選考過程と受賞者の決定に至る経緯について説明がなされました。大学にて先進的な化学研究を行っている方、企業で画像エンジン開発に携わっている方、宇宙実験コーディネーターの方、小児歯科分野の方、そして司法精神医学研究を行いながら犯罪被害者支援活動をなさっている方など、大変広い分野からの応募者があったこと、その誰もがすばらしい業績を持ち、各々の職場でご活躍と思われる中、今回、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の永松さんに決定したことを報告しました。

 永松さんはJAXAにおいて宇宙開発の一翼を担う基礎的技術を作り上げる中で、女子学生、女性若手技術者が目指す大変良いロールモデルとなっています。また、母として子育てしながら仕事と大学院を両立し、業務を遂行するためにいくつもの困難を乗り越えてきました。社内インフラや風土改革にも多大な寄与をされ、今年度の都河賞受賞者としてふさわしいと考え授与いたしました。

その後、本賞の基金をご提供いただいた東京大学男女共同参画室アドバイザーの都河先生より、賞に対する熱い思いを語っていただきました。田中運営委員長より賞状と楯、都河先生より副賞の10万円が手渡されました。さらに去年の受賞者であるNECの伊東さんからも温かいコメントをいただきました。

受賞者の永松さんは、お二人のお子さんを育てながら、ハードなお仕事をされているように見えない初々しい雰囲気の方ですが、受賞講演では大変落ち着いた話しぶりで、最先端の宇宙のお話をわかりやすくご説明いただきました。

小2の時家族で行った種子島宇宙センター、小4での毛利さん、向井さん、土井さんの初の宇宙飛行士候補の発表、向井さんのお話からライフサイエンス分野が有人宇宙開発において重要な分野であることを知り、その道に進むきっかけとなったそうです。その向井さんは現在の上司、また種子島ではご主人とも知り合ったそうで、不思議なご縁で結ばれているとおっしゃっていました。

お仕事では、国際宇宙ステーションにおいて、宇宙空間を飛び交う宇宙放射線による被ばく線量を正確に測定する装置PADLES(パドレス)を開発し、国際宇宙ステーションの日本の実験モジュール「きぼう」に搭載した開発過程を説明されました。被ばく線量を測定するとともに、帰還後に地上で線量結果を読み出し、その計算処理を行う短期間に自動解析をする世界初となる線量解析システムも構築しました。開発されたシステムは、国際宇宙ステーションのエリアモニタリングや、生物実験用の標準線量計として、また、アジアの宇宙飛行士の個人被ばく線量の計測にも活用されています。この技術は、今後の月・火星をにらんだ次世代の有人宇宙活動のためにも無くてはならない重要な技術です。こうした仕事をこなしながら永松さんはエンジニア、妻、ママ、大学院生という4足のわらじを履き、多忙な日々を送られてきました。

年1回開催される宇宙放射線計測の国際会議では10年前には女性は永松さんお一人、しかも最年少であったのが、今年の会議では女性が20%に増えたそうです。さらに宇宙労という労働組合では子育てをするお母さんが働きやすい環境を作るためにご尽力され、次世代育成支援にも大いに貢献されました。
どんなことに対しても「できない」との制約をつけずに「やってみよう」と前向きに取り組み、多くの困難を乗り越えてきた永松さんのお話は、会場の多くの女性たちに影響を与えたものと思います。

(文:JWEF運営委員 吉田)


写真:永松さんの受賞講演風景

第2部 JWEF都河賞記念シンポジウム「地上の星☆〜輝け!女性宇宙エンジニア〜」

パネラー

原 彩水さん(三菱電機(株)鎌倉製作所 宇宙システム部 信頼性技術センター)
岡田 久仁子さん(有人宇宙システム(株) 利用エンジニアリング部)
油井 由香利さん(JAXA 光学衛星プロジェクトチーム)
遠藤 祐希子さん(JAXA 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部)
永松 愛子さん(JAXA 有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙環境利用センター)

ファシリテーター

滝田 恭子さん(読売新聞東京本社科学部 記者)


(写真:パネルディスカッション風景)

仕事の内容と仕事をして良かったをお聞かせください

滝田:宇宙に関するお仕事をされる5名にお集まりいただきました。まずはお仕事の内容とその仕事をして良かったことについてお話ください。

岡田:有人宇宙システム㈱の岡田です。212名の社員のうち女性は36名、女性技術者は28名おります。宇宙ステーションISSの運用管制業務を行っていますが、宇宙ビジネスも行っている会社です。我々の運用管制業務とは、ISSの日本実験棟きぼうのクルーの作業を支援したり、装置に遠隔でコマンド送信し運用する業務で、3交代24時間体制ですので日勤・夜勤ともにあります。良かったことは、世界規模のプロジェクトに参加し、世界に仲間がいるということ、出張の度に米欧などに友達が増えること、そもそも有人宇宙開発という仕事自体が宇宙のロマンを感じられて嬉しいですね。

遠藤:JAXA有人宇宙技術部では宇宙飛行士の訓練や健康管理、宇宙での生活用品、爪切りや下着といったものを送り届けたり、宇宙食の研究開発も行っています。私は宇宙飛行士健康管理Gで宇宙放射線被ばく管理と次世代先端宇宙服の研究を行っています。現在宇宙服を所有しているのはアメリカ・ロシア・中国で、ISSで使えるのはアメリカとロシアの宇宙服と決められています。しかし繊維や複合材料、電源などにおいてリードする技術を持っている日本だからできる次世代先端宇宙服を、月、火星、はやぶさが到達した小惑星などで使用することを目指し研究しています。また、宇宙放射線の被ばく管理を行っていて、各宇宙飛行士により線量が異なるので最小限の被ばく量になるような行動を考えて宇宙飛行士に伝える業務もしております。

油井:私は衛星と観測装置開発についての業務で、同じ宇宙といっても岡田さん、遠藤さん、永松さんとは異なり、今皆さんのお話を聞いていても「へ〜っ」という感じです。さてロケットと人工衛星を同じものだと思っていらっしゃる方が多いようですが、人工衛星というのはGPSや気象などの観測装置、電源、姿勢制御(ハウスキーピングセンサー)を載せた最大高さ5m程度のものですが、ロケットの先端の丸い部分に収められています。ロケットは衛星を運ぶための輸送手段ですね。衛星も電気製品なのですが、地上の電気製品とは異なり、ロケットに搭載して衝撃を受けても壊れない、また一番重要なのは宇宙放射線によって電子機器などが狂ったり故障したりするので強くなくてはいけない、宇宙に行ってしまった後回収して修理することができないので、5-10年動き続けなければならない。よく最先端の技術を使っていると思われますが、そのような丈夫な衛星を作るのに10年くらいかかるので、実は10年前の技術というのが実態です。

原:三菱電機というと家電等をイメージされる方が多いと思いますが、実は人工衛星を作っているメーカーでもあります。人工衛星の信頼性とは故障しないようにすること、すなわち5-10年のミッション中の摩耗・劣化を防止すること、±100℃の温度差、放射線、真空といった過酷な宇宙環境下で壊れないようにすること、打ち上げたら最後地上で修理できないので、部品の故障があった場合でも全損やミッション不能とならないように最小限の影響でくいとめるといった業務を行っています。その業務では部品レベルから、サブシステムレベル、衛星システムレベルまで衛星全てを見られるので大変面白いです。私は人と話すことが好きなので、社内他部署や調達先の国内・海外等多くの技術者とディスカッションできることにも面白みを感じています。また、これまで印象に残ったこととしては、去年打ち上げられたSB-7という衛星が鎌倉製作所で製造され、その後江の島までトラックで運ばれ、そこから船で中部国際空港に行き、コンテナに積まれて飛行機で射場のある南米まで届けられることを知りました。衛星も普通の貨物のように運ぶのだと非常に驚いた覚えがあります。

なぜ、どうやって宇宙の仕事についたのですか?

滝田:宇宙にあこがれる人はたくさんいますが、どうして宇宙の仕事を選んだのか、いかに今のお仕事を手に入れたのか教えてください。

原:私は入社4年目なのですが、大学入学時は飛行機が作りたくて機械工学科に進んだのですが、飛行機の研究を活発に行っている研究室がなかったため、宇宙の研究を行っている研究室に入りました。そこでは、スペースデブリという平均秒速7kmで飛ぶ宇宙ゴミについて研究し、大学院では技術研修生という制度を利用してJAXAにて同様の研究を行いました。それがきっかけで今に至ります。就職は「配属リクルート制度」という、内定前に希望する分野を半ば約束されるという制度を利用しました。

遠藤:私も入社4年目です。高校生の時に文科省後援の2泊3日の研修制度があり、筑波宇宙センターに行った時説明してくれたおじさん達の目が輝いていたのを見て「何なんだこれは」と思ったことがきっかけです。大学院では化学で博士課程も継続していたのですが、実は専門性を深めることは逆に就職の選択肢を狭めてしまうということに気付き、中退して新卒枠でJAXAを受け入社しました。そこで向井さんの宇宙医学生物学研究室に配属され、化学を専攻していたことから飛行士の毛髪中の微量元素、Ca、Mg、Znなどを測定し健康状態を探るという研究の立上げに参加しました。科学的な考え方は応用がきくのではないかと思いました。

油井:私は鹿児島出身で小1で種子島宇宙センターができたこともあり、毎日のように宇宙関係のニュースがあり天文学者になりたいと思いました。大学院では天文学科でしたが当時は理論物理学が主流で、しかも大学に残るポジションが少なかったので、出来たばかりの赤外線観測の分野、ここは誰も行かないのでいいかなと思い行くことにしました。時代はまだ野辺山やスバルの望遠鏡が主流でしたが、赤外線望遠鏡は手作りで、初めてハンダごてや工作機器を使いましたが案外自分に合っていると思いましたね。1年かけて作ったものを大気圏外にロケットや気球に載せて飛ばし、そこで観測したデータで論文を書くと世界で初めて、ということでとてもおいしい分野だったなと思います。その後CRLで3年、JSTの資金で早稲田大学で赤外線微量分析機器の開発を行い、JAXAには中途で採用されました。

岡田さんは気象研究の関係でJAXAに接する機会があったり、若田さんの講演を聞いたことがきっかけでした。永松さんは子供の頃から宇宙の仕事がしたいと思い、JAXAの会社説明会に参加し、採用試験を受けたということです。高校、大学時代から宇宙を意識した岡田さん、遠藤さん、原さんと、小さい頃からの宇宙への思いをかなえた油井さん、永松さんでした。 女性として働く上でのメリット・デメリットについての質問には、皆さん男性と同じように仕事をする機会を与えられデメリットは少なく、体力的にきつい面もあるという意見もありましたが、むしろ女性の少ない職場なので覚えてもらいやすいこと、コミュニケーション能力が発揮できることをメリットとして挙げられていました。

ワークライフバランスのコツを教えてください

滝田:みなさん男性と変わらない量のお仕事をされていますが、お子さんのいらっしゃる方にとっては知恵の見せ所ではないかと思いますがいかがですか。

岡田:まずは夫の理解が一番大事です。先日聞いた話で夫選びが最も大事なポイントということで、自分は成功したかなと思いました。二人とも忙しい中で優先順位をつける場合にどちらも家族を一番に考えるという点が一致していて、そのバランスの中で両立させることかなと思います。部屋の片づけは週末にまとめてやることにしていますが、部屋が片付いていないと私の機嫌が悪くなることを夫が知っていますので、夜な夜な掃除をしてくれたり、夫の実家が東京なので何かの時には助けてもらっています。会社の理解も大事で、日勤のシフトを多くしてもらったり融通してもらっています。

滝田:油井さんは高2から保育園まで4人のお子さんをお持ちということで、とても大変だと思うのですがどうやっていらっしゃるのですか。

油井:始めの二人の時は私が大学院生で夫は社会に出ていたのですが、夕食を作ってから大学で研究をしたり、出かける前に食事の準備をしていたりとてもせかせかしていたと思います。それを徐々に夫の家事労働のハードルを上げていくようにしたんですね。食事の用意をしないようにしておくと、当然耐えられなくなるので自分で作るようになる、それから川崎市は中学校ではお弁当ですが、これも夫が作って持たせている、というふうに相手が気づかないうちに負担を増やすようにしてきましたね。それから私の住んでいる地域では4人のお子さんを持つ方も1クラス25人中1人くらいはおり(注:子供が3人いる家庭は半数かそれ以上)、もともと地域で助け合ったりする環境があったからではないかと思います。

滝田:いい夫を選び、育て上げ、さらに子育てにやさしい町に住む、これが大事ということですね。

永松:夫は2/3は種子島にいるのでその期間に合わせて自分のスケジュールを入れています。職場の上司も理解もありがたく感謝しております。それでも二人の出張が重なる時や深夜の運用作業やオーバーナイトの実験が入ることがあります。地方の両方の実家からは急な支援は得られないので、通常から24時間保育園を利用しています。通常料金以外に深夜料金などが重なり、1週間海外出張などが入ると2人の子供のお泊り料金のため10万円くらいの保育料とは別の出費になりますが、仕事を続けるために必要な投資と割り切って利用しています。また、何か困ったことがある時には宇宙労ネットワーク内のメーリングリストで質問して回答を得たりしています。夫と子供の応援があり、「ママだから頑張れる、子供のために頑張れる」そんな気持ちも大きいと思います。:いい夫を選び、育て上げ、さらに子育てにやさしい町に住む、これが大事ということですね。

ここではさらにPTA会長まで務めている油井さんのお話を中心に、子育てと仕事の両立を実現させるためのノウハウが詰まった、時に笑いも起こる密なディスカッションがなされました。

キャリアについて聞かせてください

滝田:次に男女雇用均等法が施行して、1987年3月に入社した方からキャリア世代というと言われています。私は1989年に入社したのですが、今40代半ばで職場の中核となっている世代かと思います。JAXAではロケットや衛星一つずつについてプロジェクトマネージャーがおり、その下の小グループのサブマネージャーになるかならないかという世代だと思いますが、どういう先が開けているかお聞きします。

永松:30-40代の技術職女性では周りには管理職はかなり少ないです。向井室長が課長クラスですが、他に2~3名の管理職がここ数年で誕生しています。同期間で比較すると、男性の昇格はかなり早いと感じます。子供を持った女性では昇格が遅れて、さらにあきらめてしまうという方も多いように感じます。こういった背景のため、結婚をしたくない、子供を産みたくないという後輩女性も増えているので、出産や育児によって専門分野が途切れないような配慮や、専門性を評価して育てる制度も必要かなと思います。

岡田:うちの会社は創立20年で、私が第一期新卒入社の女性ですが、中途採用の方で一人女性管理職がおります。家庭をもつ女性が管理職になるにあたっては、自分で仕事をかかえず信頼して人にふり、時間が無いからこそマネジメント能力を発揮でき・評価されるような仕組みになればと思っています。

最後に、今の仕事で働き続けること、その魅力について一言ずつお話いただいた後、会場からも含めて、妊娠出産前後の産休育休期間、日本の宇宙服が使われてこなかった理由、公用語は英語という中、ロシア語を勉強していることについて、何役もこなす時間管理術についてといった、宇宙関係のお話や女性技術者ならではといったお話もいただきました。 ファシリテーターの滝田さんの的確な質問で、大変内容の濃いディスカッションとなりました。
参加人数は65名(うち会員は24名)で、用意した席はほぼ満席。終了後のアンケートでも大変参考になった、自分もできないと言わず頑張りたい、といった多くのご意見をいただき、盛況のうちに会を終えました。

(文:JWEF運営委員 吉田)

JWEF都河賞記念シンポジウムに寄せて

JWEF会員 舩木 恵

受賞式後、宇宙に関する仕事をしている女性研究者・技術者達によるシンポジウムがありました。めったに集まることのない専門分野の女性の方達なので、一堂にそろったその様子は、圧巻でした。ここでは、特に育児と仕事の両立に注目して報告させていただきます。

母親になって何が一番問題かというと、時間がない、ということです。保育園のお迎えがあるので、17時には帰らなくてはならない。そのための工夫として、まず周りの人たちにそのことをキチンと伝える、ということと、仕事を1人で抱え込まないで、仕事を振る、ということを覚えたそうです。
実は、私自身が航空宇宙システム工学科を卒業して仕事をしていましたが、育児との両立が難しかったこともあり(近くに、頼れる親族がいませんでした)、今回のお話はすごく興味がありました。正直、祖父母に育児を手伝ってもらって成功している人はたくさん知っているので、またそんな人達なのかな?と思っていましたが、みなさん、ほとんど祖父母の手を借りていず、びっくりしました。

今までの日本社会は、親族に頼らないと両立が難しい世の中でした(今までの社会制度が、性別役割分業だったから)。もちろん、まだまだ夫婦2人だけで、社会や会社の協力を得て、子供を育てながら仕事ができる、という所までは十分ではないので、もっともっと社会制度の整備や人の意識改革は必要だと思いますが、頼れる親族がいなくても、なんとか育児と仕事を夫婦で協力して出来るようになってきているように感じました。また、今回の話を聞いて、その方法を教えてもらうことができたように思います。
仕事と子育てを両立するには、子育ては、夫婦2人でする、という考え方をする旦那さまを見つける、ということと、会社と社会の理解(地域の力)と協力があって、成り立つことだと感じました。

最後に、次世代の子供たちに向けてという質問の回答より、まず、宇宙関連の仕事というのは、工学系の仕事だけではなく、いろんな分野の仕事があるということ、また、油井さんがおっしゃっていた事ですが、「ブラックホールの先は、どうなっているのだろうか?宇宙の果ては?火星は、どんな世界なの?」等、未知のものへのわくわくする気持ちや冒険心、知ることの楽しさ、そんな気持ちを持って欲しいということ、この地球の命は、本当の偶然、奇跡のような確率の中誕生したので、その命(自分自身も、他人も、地球に住む生物も)を大切にしてほしい、というお話がとても印象的でした。

まだ数少ない女性研究者・技術者の意見や生活の見える貴重なシンポジウムでした。


(写真:満席の会場)

▶ 「2010年活動実績」ページに戻る

Copyright © Japan Women Engineers Forum. All rights reserved.